仕事の基本は「調べる」こと
石川県白山市での講演会の帰り、「ひゃくまんさん」とツーショットを撮った。
3年前の北陸新幹線開業を記念して作られた石川県の公式ゆるキャラだが、はじめて見たときは正直「かわいくない…」と感じてしまった。
それでも、何度か石川県を訪れて目にするうち、だんだん親しみを覚えるようになった。
一般的なゆるキャラとは一線を画し、個性を前面に打ち出す姿勢に、どことなく潔さがある気がする。
ところで白山市は、元々「石川郡」という地名。
明治時代の廃藩置県で、旧金沢藩域は新川、七尾、金沢の3つの県に分かれたが、金沢県の県庁は石川郡美川町(現・白山市南美川町)に置かれた。
その「石川郡」から石川県に改称されて今に至る。
さらに歴史を遡れば、石川郡は「石川姓」の人たちが住み着いたことに由来するという。
私の苗字も石川。
石川姓は全国に幅広く分布しているが、石川郡の石川さんたちは飛鳥時代の河内国(現・大阪府)石川郡をルーツとし、その子孫の一族が加賀国に移り住んだそうだ。
一方、河内国から三河国(現・愛知県)に転じた石川さんたちもいて、私が名乗る石川姓はこちらにルーツがあるみたい。
ちなみに、我が家の家紋は「笹竜胆(ささりんどう)」。
ネットの情報によると、笹竜胆は三河国の石川さんと関係するらしいが、まぁこのあたりはほんとかどうかわからない。
ところでうちの長男は、剣術を習っているせいか、やたら歴史好き。
すでに社会人として独立し、別に暮らしているが、たまにアパートを訪ねると歴史関連の本やムックが部屋にたくさん置いてある。
その長男が昨年、「ウチの家系を調べてみる」と言い出した。
えっ、家系?
武士でも名家でもないんだから、そんなの無理じゃない?
そう私は笑ったが、長男のほうは家系を調べるマニュアル本を買い込み、市役所でたくさんの戸籍(除籍)謄本を手に入れた。
地域の図書館や郷土史博物館、公文書館にもせっせと足を運び、歴史文献とか、古文書とか、いろんな資料を収集した。
長男の努力(?)の成果か、まずは戸籍調査で1808年まで家系を辿ることができた。
今からちょうど210年前、江戸時代の文化5年だ。
その後の天保(てんぽう)、嘉永(かえい)といった時代を生きたご先祖様の情報もわかった。
天保と言ったら、日本史の授業で習った「天保の大飢饉」の時代?!
遠い話と思っていたけれど、そういう時代を生きたご先祖様の様子を知ると、急に身近な感覚になる。
地元の歴史文献や古文書からは、さらなる過去の様子もうかがえた。
ウチの地元には1万石の小藩があり、森川家という一族が代々当主を務めていた。
江戸時代初期、すでにご先祖様は当主の菩提寺の門前に住み、両隣を含む三つの家で「門前三家」と称した。
そのころは、当主の城(陣屋)の管理や雑務を任されていたらしく、多少の特権もあったようだ。
さらに時代を下り、天保、嘉永といった江戸時代後期の文献には、氏名とともに「鋳掛渡世(いかけとせい」とある。
「渡世」とは今の職業で、「鋳掛」は鍋や釜など鋳物製品の修理のこと。
当時の地元では、農業と別の職業を兼務する「農間渡世(のうかんとせい)」」が多かったようで、ご先祖様も兼業農家の職人だったことがわかる。
こんなふうに、長男の調査で浮かび上がった家系、人物、生活ぶりを知るにつけ、ああ、人はひとりで生きているわけじゃないんだ、とつくづく思う。
それぞれの人たちが日々の営みをつづけ、懸命に生きてくれたからこそ、今の私たちがある。
素直に「ありがたいな」と思えて感慨深い。
さて、私の仕事でも、「調べる」ことは基本中の基本だ。
何かの原稿を書く際、まずはその情報がどこにあるか、誰が持っているかを調べる。
情報が在りかがわかったら、今度はそこへのアクセス、コンタクトの方法を調べる。
情報を得ることができたら、それが「正しいかどうか」を調べる。
情報の確認が取れたら、さらに関連する情報を調べる。
こんなふうに、「調べる」という作業を繰り返し、ようやくひとつの形になる。
私はこの基本に加えて、「小ネタ」についても調べたりする。
たとえば専門家の話を聞くというとき、私はその人物について、できる限り調べた上で会いに行く。
執筆した本や論文を読んだり、個人的なブログに目を通したりすると、さまざまな情報を入手できる。
一見、取材の本筋に関係ないように思えても、この手の下調べはとても大切。
本筋から離れたところで相手の本音が出てきたり、意外な一面が見えたりする。
数行の原稿を書くために、数日を費やして「調べる」作業をつづけることも多い。
しんどいときもあるけれど、しっかり調べることで新たな発見や視点を得られるのも事実だ。
逆に私が取材される立場のとき、こんな経験をする。
ライターA「最近、児童虐待が増えていますが、それについてどうお考えですか」
ライターB「この10年間で児童度虐待の対応件数が約3倍も増加していますが、その要因や背景についてどうお考えですか」
AさんとBさんの質問内容の違いは、要するに事前の準備の違いだ。
当然、私の答えも違い、それぞれのライターが得る情報の量や質も変わってくる。
「より多く知るために、より多く調べておく」
これが取材の鉄則。
この仕事を目指す人たちには、調べるという努力を惜しまないでほしいと思う。