熱しやすく冷めやすい

「あなたはどんな性格ですか?」と聞かれたら、私は迷わずこの言葉を使うだろう。

熱しやすく、冷めやすい。

我が身を振り返って、つくづくそう思う。

たとえば私には、「趣味」と呼べるようなものがない。

個人的な楽しみを後回しにしてきたわけではなく、むしろ「趣味です」と言えるものがほしくて、いろんなことにチャレンジした。

20代のときはスポーツクラブに入り、スイミングやエアロビクスを習った。

特にスイミングはコーチの指導を受け、クロール、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライの四泳法をすべてマスターした。

はじめて3年ほど経ち、華麗に(?)泳げるようになったのに、なぜだか足が遠のくようになった。

そして退会、以来まったく泳いでいない。

30代ではじめたのは、クラシックギター。

そこそこ値の張るギターを購入し、プロの先生が教えてくれるギター教室に通った。

「C」とか「G7」とか、コードを覚えることからはじめ、2年くらいで何曲か弾けるようになった。

ふつうはそこから楽しくなるだろうに、私はまたもや力尽きた。

次にはじめたのが「サルサ」というダンス。

これは自主的にはじめたというより、マスコミ関係者で作るサークルに誘われたのがきっかけだ。

月に2回、六本木のお店に集まってみんなで踊る。

レッスン用のDVDを買い、家でも鏡の前で練習した。

でも「鏡の前」というのが悪かったのか、自分の無様な姿に呆れ果て、結局半年もつづかなかった。

その後も懲りずに、次から次へと手を出した。

太極拳、卓球、ボウリング、ヨガ…。

すべて数ヵ月で挫折し、家族から「カネの無駄だよ!」と叱られただけだった。

50代の今は、趣味がないどころか、「やってみたい」という意欲がない。

熱しやすいはずの私だったが、そもそも「熱する」こともなくなっているという寂しい状況だ。

ところが最近、小さな出来事を通じてふと気づくことがあった。

ある機械の定期点検で、半年ごとに訪問してくれる作業員さんがいるのだが、その人からこんな言葉をいただいたのだ。

「いつもお花がきれいですね」

玄関まわりに寄せ植えの鉢を置き、狭い庭の片隅に花壇を作って季節ごとの花を植えている。

それを指して、ほめてくださったのだ。

「あらぁ、どうせ言うなら、いつもお顔がきれいですねって言ってよぉ」

とおばさんギャグで返しながら、心に浮かんだ。

「花とのつきあい」、これだけは長くつづいているな、と。

ガーデニングと呼べるような、たいそうな話ではない。

一鉢数百円程度で売られている小さなポットを買ってきて植えるだけ。

ときには「半額セール」で半分しおれたような花を買ってきたり、室内で咲き終えたものを植え替える。

水やりとたまの肥料、冬の霜よけ、雑草駆除くらいしか手をかけないが、花は健気だ。

一度枯れてもまた咲く。

こちらが忘れていても、約束を守るかのように芽を出し、葉を茂らせる。

鉢から出して地植えしたアジサイやランタナ、雪やなぎ、モッコウバラ、八重山吹は年を追うごとに大きくなり、なんかもう収拾つかなくなってる(汗)。

花壇に植えたムスカリは球根の花なのだが、種が飛ぶのか狭い庭のあちこちで咲くようになった。

熱しやすく冷めやすい私は、要は根気がない人間なのだろう。

反して花たちは、辛抱強く暑さ寒さを乗り越え、力強く根を張る。

その根気と、もうひとつ健気さを見習いたいと思いながら、仕事の合間のひととき、枯れた葉を摘み、伸びすぎた茎や枝を切る。

趣味と呼べるようなものでないにせよ、いや、だからこそこうしてつづいているのだろうか。

熱しすぎず、適当でいい加減ながら、つづくつきあい。

もしかしたら人と人との関係も、そんな形のほうがいいのかもしれない。