「くじ引き」の医療
「静岡市で透析関連のセミナーがあるのですが、石川さんの本を紹介していいですか
?」
そんなメールがあったのは7月初旬。送信者はノンフィクション作家の堀川恵子さんだ
。
堀川さんはノンフィクション分野の三大賞、「大宅賞」「講談社ノンフィクション賞
」「新潮ドキュメント賞」を受賞している日本で唯一の作家さん。
そのほかにも数多くのノンフィクションやジャーナリズム関連の賞を受賞したトップ
ランナーだ。
この業界ではとにかく高名な方なのだが、2023年8月に私が刊行した『家で死ぬという
こと~ひとり暮らしの親を看取るまで』(文藝春秋)の書評を書いてくださった。
それを機に連絡を取り合うようになり、今度は私が堀川さんの本の取材を受けること
になった。
そのご著書は2024年11月に刊行された『透析を止めた日』(講談社)。
堀川さんの夫である林さん(NHKディレクター)が、長年の人工透析や腎移植を経て、
最後は力尽きて亡くなるまでの過程を描いている。
ベストセラーになったから購読した方も多いだろうが、タイトル通り、堀川さんの夫
は「透析を止めた」、いや、止めざるを得なかった。
その一週間後、壮絶な苦痛の末に亡くなっている。
どうして透析を止めざるを得なかったのか、その詳細はぜひ前出の本を読んでいただ
きたいが、彼女は夫の死から7年もの月日をかけて医療の現場を取材された。
ガンには認められている「緩和ケア」が、国内におよそ1千万人いるとされる腎不全患
者には保険適用されない(2026年6月以降、認定されている)。
腎不全状態、すなわち自分自身の腎臓が機能しなくなったら、血液透析や腹膜透析、
あるいは腎移植といった医療を受けないと生きていけなくなるが、いずれもさまざま
な問題を内包している。
堀川さんは自身の経験から、なんとかこの国の医療を変えたい、苦しむ患者や家族の
ために力になりたいと本を上梓され、以降は医療界、政界、行政などに精力的に働き
かけてこられた。
私も折々、堀川さんからメールでご報告を受けたり、直接会ったりしてお話してきた
。
なんなら堀川さんは伊東の私の実家にまで来て、腎不全の末に亡くなった私の父の遺
影に手を合わせてくださった。
…と前置きが長くなってしまったが、堀川さんは私の本を高く評価し、ご自身の講演
で紹介したり、医療関係者に推薦しているという。
拙著で書いた私の父の場合は、腎不全患者のスタンダートである「透析治療」を拒み
、いわゆる「非導入」というレアケースで亡くなったが、高齢化に伴いこうしたケー
スはますます想定される。
ところが実際の医療現場では、「非導入」の患者がどうなるのか、どんな経過を辿る
のか、ほとんどの医療者はその実態を見たことも、聞いたこともない。
だから今回のセミナーで、私の本を「紹介してもいいですか?」と連絡があったのだ。
静岡市で開催されるそのセミナーは、堀川さんをはじめ全国各地の医療従事者、静岡
市長や医師会会長、厚労省の官僚、それに腎不全患者の緩和ケア保険適用に尽力され
た国会議員の上川陽子氏(元法務大臣)も登壇されるという。
静岡市を選挙区とする上川議員の肝いり、いわば「永田町案件」だから、そうそうた
るメンバーが集結したのだろう。
セミナーの会場は私の父が最期まで暮らした静岡県内。
しかも「非導入」で亡くなった患者の遺族としては、ぜひいろいろな専門家の方のお
話を伺ってみたいと、私も聴講することにした。
当日、会場入り口では探知機によるボディチェックに荷物検査。
元大臣の上川議員が登壇するとあって、そこかしこにSPが目を光らせる物々しさだ。
2時間半のセミナーで10人もの登壇者があったから、まさに駆け足状態。
それでも短い時間ながら、さすがに堀川さんの話は別格で、本当に胸に沁みて涙が出
た。
「今日は、私が推薦する本の著者、石川結貴さんが会場に来てくださっています」
わざわざ私の紹介もしてくださり、セミナーの終了後にはいろいろな関係者から「石
川さんのご本を読みました」とか、「ウチの病院の待合室に置いてあります」とか、
あたたかいお言葉も頂戴した。
一方で、あらためて痛感したことがある。
それは「どこに住んで、どんな病院に行き、どういう医療者と出会えるか」によって
、人の命は容易に左右されてしまうという現実だ。
国民皆保険制度の日本で、「いつでも、誰でも、すぐに医療にアクセスできる」とい
うのは世界唯一の偉業だろう。
けれどもそれは、「誰でも等しく医療を受けられる」という意味ではない。
むしろ「くじ引き」の当たりはずれのように、理解ある医療者に支えられるか、それ
ともロクでもない医療者に傷つけられるか。
あっちの病院、こっちの診療科など医療の選択肢があるか、それとも限りある医療機
関の中から否応なく選ばざるを得ないか。
ほとんどの人はこういう厳しい現実に直面する。
医療資源の乏しい地方の町、小さな自治体だけではない。
東京の「一流病院」と呼ばれるようなところでも、個々の医療者の「質」はまた別問
題。
仮に患者に対して誠実な医師がいたとしても組織全体が誠実とは限らず、むしろ誠実
な医師ほど排斥され、現場を離れてしまったりする。
医療界に限らず、組織というのはそういうものだろうけれど、なにしろコトは人の命
や人生に関わる。
「まぁしょうがない」で済ませることはできないだろう。
私の亡き父の場合、87歳で「末期腎不全」と診断された。
伊東市内唯一の総合病院の腎臓内科は、週に一度、市内の「透析クリニック」の医師
が出張で外来診療するのみ。
初診で「私も年だし、透析はしたくないです」と言った父に、医師は「透析したくな
いなら、もう来なくていいですよ」と憮然と返すだけ。
その後の経緯は拙著に書いたとおりだが、「透析」というスタンダードな医療からは
ずれた父はまともな医療にアクセスできずに命を終えた。
「透析導入患者の7割が、65歳以上の高齢者」だという。
なかには80代、90代。
寝たきりや認知症になっても、「透析をやめるわけにはいかない」からと、身体拘束
や睡眠薬を使ってまで透析をつづける医療機関もある。
それも2日に1回、1日4~6時間だ。
私の父のように「透析をしたくない」と言えば医療から排除され、「透析をする」と
いう選択をすれば、寝たきりだろうと、認知症だろうと、どれほどつらくても、「や
めさせてはもらえない」。
一方で患者や家族の意思を尊重し、尊厳ある人生、自己決定のために尽力する医療者
もいるのだが、前述のように、それは「くじ引き」、いや「宝くじ」のように当たる
確率は低い。
堀川さんのご講演はすばらしく、またそのほかの医療関係者、上川議員のお話も勉強
になった。
猛暑の中、静岡まで足を運んでよかったと思っている。
それでも「当たるか、はずれるか」で人の命はこんなにも左右されるのかとあらため
て感じたことも、また事実だ。
セミナー終了後、ある医療関係者からメールがきた。
そこには、
「医局や医師同士の派閥、基幹病院と街のクリニックの連携不足などが非常に多い」
「静岡地域で透析医療の中心となる医師には、今回のセミナー開催の相談がなかった
」
そんな言葉がつづられていた。
派閥って、「白い巨塔」じゃあるまいし、いつの話よ」とビックリしたが、これが「
今」なのだ。
堀川さんともメール交換し、「道のりは険しいですね」と互いに嘆息しつつ、せめて2
人で慰労会をやろうと約束した。


