幸せを呼ぶ? ドクターイエローとご対面
気づけば今年も残り10日あまり。
年を取るほど月日の流れが速くなると言うけれど、本当にそうだと実感する。
コロナ禍が一段落し、世の中の動きも徐々に回復。
取材や講演での移動も以前のように解禁されて、全国あちらこちらに出向いていたら、あっという間に年の瀬だ。
おまけに今年は、プライベートでもいろいろあった。
肉体的にも精神的にもしんどい時期がつづき、些細なことにも「よっこらしょ」と気合を入れないと動けない。
人一倍エネルギッシュに生きてきた私には珍しいことだけど、まぁこれも年のせい?
それとも人生の「踊り場」で、ひと休みするタイミングなのかもしれない。
そんな中、地方での講演会を終えた帰路、東京駅で東海道新幹線を降りると反対側のホームに黄色い車体。
あの有名な「ドクターイエロー」が停車しているではないか。
ドクターイエローの正式名称は「新幹線電気軌道総合試験車」。
線路や電気系統、通信など、新幹線の運行に欠かせない設備の検測を行う専用車両だ。
東海道・山陽新幹線の場合、1ヵ月に3回くらいの割合で走行するらしいが、運行ダイヤは非公開。
黄色い車体と、めったに見られないという希少性から、「幸せを呼ぶ新幹線」とも言われている。
そうは言っても所詮は迷信?
ありがちな都市伝説?
そんな気持ちが拭えないまま、とりあえず写真を撮ってその場をあとにしたが、それからいくつか、うれしいことが舞い込んだ。
ひとつは、新刊『家で死ぬということ ひとり暮らしの親を看取るまで』(文藝春秋)の増刷だ。
右肩下がりの出版不況、おまけに「ノンフィクション冬の時代」と言われ、売れない本を書きつづけることに何度となく心が折れてきた。
それが10月末に読売新聞の書評に取り上げられたり、共同通信の配信で全国の地方新聞で紹介されたりして、あっという間に初版の在庫がなくなった。
11月に2刷、そして12月に3刷と順調に増刷され、信じられないようなうれしい状況だ。
もうひとつは、25年ぶりに、かつて一緒に仕事をしたライター仲間と集まれたことだ。
そのうちひとりは韓国在住、人づてに近況を知る程度だったが、思い立って連絡を取ったら、ちょうど日本へ一時帰国の予定があるという。
早速予定を調整して、かつてのライター仲間3人でのランチ会が実現した。
長い空白期間があったのに、いざ顔を合わせれば、息つく間もなく話が弾む。
昔の取材はきつかった。
あのころの編集部はパワハラ三昧だった。
そんな振り返りからはじまって、今の出版界の状況や、それぞれの仕事の悩み、私生活のよもやま話まで、本当に楽しい女子会、もといオバサン会だった。
フリーランスの身には、いわゆる同僚がいない。
組織のしがらみがない代わりに協同作業も、共通の話題が持てる人もそうそういない。
なによりこの業界は、去ってしまう人がとにかく多い。
フリーランスや契約社員は書けなくなったらお払い箱だし、出版社の正社員だって決して安泰ではない。
だから25年ぶりの再会はことのほかうれしく、ともかくもなんとかこの業界にしがみついてきた同志との語らいが心に染みた。
そんなふうに過去からつづく関係性も、あらたにはじまったおつきあいも、たくさんの人に支えられて今年も終わろうとしている。
いつかまたどこかでドクターイエローに会い、思いがけず舞い込んだ幸せのお礼を言えたらいいなと思う。