友人の、知り合いの、快挙!
今年のノーベル文学賞に、韓国の作家、ハン・ガンさんが選出された。
アジア系の女性として初の受賞、日本でも多くの著作が翻訳出版されていることもあり、大きな話題になった。
私はハン・ガンさんの最新作『別れを告げない』(白水社)を、数ヵ月前に読んだばかり。
長年の友人である斉藤真理子さんから贈呈された。
彼女は『別れを告げない』の訳者、つまりハン・ガンさんの本が日本語で読めるのは斉藤さんがいるからだ。
ハン・ガンさんがノーベル文学賞を受賞したことに、斎藤さんはじめ各国の訳者の貢献も大きかったと思う。
それにしても自分の友人がこれほどの偉業に関わっているとは、うれしさはもちろん、なんとも感慨深い。
今でこそ、韓国文学の訳者として名高い斉藤さん。
映画にもなったベストセラー『82年生まれ キム・ジヨン』(筑摩書房)をはじめ、数多くの名著を翻訳している。
オファーは引きも切らないが、私が知り合った20年ほど前にはフリーの編集者で、小さな出版社の仕事を掛け持ちでこなしていた。
二人で一緒に取材に行く道中、いろいろな話をした。
同年代で、互いに息子を持つ身だったから、仕事と家庭の両立や子育ての悩みを相談しあった。
その後、斎藤さんは洋泉社という出版社の正社員に。
私のほうは、ある出版社から刊行予定だった本が頓挫するという事態になってしまい、担当編集者のKさんという女性と一緒に、思いきって斎藤さんに相談してみた。
結果、斉藤さんは洋泉社からの出版を快諾してくださり、『母と子の絆』(著作ページにリンク)という書名で世に送り出すことができた。
前述のように斉藤さんと私は、同年代で息子を持つ母親。
Kさんも同じだったため、以来3人で定期的に食事会をするようになった。
当初は3人とも40代だったから「アラフォー女子会」。
数年経って50代になると「アラフィフ女子会」。
神田や銀座のお店でおいしい料理に舌鼓を打ちながら、「もうすぐアラ還暦女子会だねぇ」なんて盛り上がっていた。
そのころ斉藤さんは再びフリーになり、韓国文学の訳者として次々と翻訳本を手掛けるようになった。
彼女の活躍ぶりを目にするたび、私もKさんも心からうれしかったが、一方で女子会のスケジュールを確保するのがむずかしい。
あとから知ったことだが、斎藤さんはこの10年で60冊(!)という驚異的な翻訳本を手掛けていた。
互いに「会おう」と言いながら時間が過ぎる。
仕事だけでなく、親の介護やらなんやらと、背負うものも増えていく。
コロナ禍でますます機会が遠のき、気づけば6年も顔を合わせないままだった。
先月、私はようやく斉藤さんとKさんに会うことができた。
私の大宅賞ノミネートを記念して、知り合いの出版関係者が企画してくれたパーティーに、二人を招いたのだ。
「わぁー、久しぶり!」
「会いたかったー!」
「石川さん、大宅賞ノミネートおめでとう!」
そんなふうに再会を喜んだが、いかんせんパーティーにはほかの関係者もいるからゆっくり話せない。
「仕切り直しで、『アラ還暦女子会』やろうね」、そう約束して1ヵ月が過ぎたら、ノーベル文学賞だ。
お祝いが殺到しているだろうなぁ、と思いつつ、ともかくも一言と思って斉藤さんにメールをした。
Kさんも同じことを考えていたようで、〈斉藤さんにメールしました〉と連絡がきた。
そうして私にも、Kさんにも、斎藤さんから返信があった。
さすがに近々はむずかしいが、ともかくまた3人で会おうという返信に、紡いできた時間の長さを思った。
斉藤さんのメールには、〈ハン・ガンさんもビックリしてるんじゃないかな?〉ともあった。
翌日のニュースで報じられたハン・ガンさんの受賞インタビューには、こんな一節。
〈ソウルの自宅で、息子と夕食を取ろうと思っていたら、ノーベル賞受賞の連絡がきて驚いた〉
斉藤さんが言っていたとおり、さすがハン・ガンさんの世界観を見事に表現できる訳者だけある。
先に紹介した『別れを告げない』は、ノーベル文学賞にふさわしい重厚な作品だが、私は斉藤さんが書かれた「訳者あとがき」を、ぜひ読んでほしいと思う。
かなりのボリュームがある「訳者あとがき」だが、まるで上質なノンフィクションを読んでいるようなすばらしい文章にグイグイ引き込まれる。
あらためて斉藤さんの筆力に感嘆しつつ、彼女の努力に思いを馳せる。
同じ時代を、同じ出版界で生きてきた者として、私も彼女からたくさん学びたい。
そして、また3人で会える日が来たら、思いきり喜びを分かち合いたいと思う。