おとなになってわかること

子どものころは嫌いだった食べ物が、ある年齢になると「おいしい」と感じられるようになる。

私は伊豆で生まれ育ったから、当時の食卓に並ぶのは魚介類が多かった。

焼いたメザシにアジのタタキ、小鮎のフライやイカの塩辛、ナマコの酢の物…。

おいしそうに頬張る両親を横目に、私は小骨や苦味が耐えられない。

ふりかけご飯やインスタントラーメンのほうが、よほどおいしく感じられた。

それがこの歳になってみると、「ああ、メザシ食べたい」、「イカの塩辛でご飯がすすむ」とすっかり様変わりしている。

心身の変化か、それとも人生経験がもたらしたものか、おそらくその両方なのだろう。

もうひとつ、若いときには見えなかったことが、今では「体感」として理解できる。

仕事の真のむずかしさ、一筋縄ではいかない組織、移ろいやすい人の心、世の中の裏表も少なからず知った。

そうして振り返ってみると、かつて見たドラマの意味するところが、今になってよくわかる。

それは、TBS系で放映されていた『ふぞろいの林檎たち』。

三流私立大学の男子学生3人(演者・中井貴一、時任三郎、柳沢慎吾)と、看護学生の女子2人(演者・手塚理美、石原真理子)。
それに別の大学に通う女子(演者・中島唱子)や、カップルの男女(演者・国広富之・高橋ひとみ)が絡み、それぞれの生活や悩み、関係性が描かれる。

ちみなに脚本は山田太一氏、音楽はサザンオールスターズだ。

ドラマは期間を置いて、パート1(1983年)からパート4(1997年)まで放送された。

大学生から社会人となり、結婚や出産を経て中年になっていく彼らの姿にリアルタイムで自分を重ねていたが、特に忘れられないのがパート2のあるエピソードだ。

工作機械販売を扱う下請け商社に就職した営業マンの岩田君(時任三郎)が、ある現場の担当者から機械の受注を受ける。

邪険にされてもあきらめず、繰り返し営業をかけていた新人の岩田君は、この受注に舞い上がる。

金額も破格に大きく、早速上司に報告して意気揚々なのだが、実のところ相手はこの機械の「横流し」を考えていた。

手形で購入すると見せかけて、支払い前に機械を売ってしまい、そのお金を自分の懐に入れて逃げようと計画していたのだ。

寸でのところで相手の思惑に気づいた岩田君は真っ青。

このままでは会社に大損害を与えるだけでなく、自分がクビになるかもしれない。

「アイツをシメてやる!」とかなんとか言って、担当者のところに乗り込もうとするが、なぜか上司と社長は「今夜、〇〇の店に来なさい」と命じる。

指定されたのは立派な料亭の個室。

上座には例の担当者がふんぞり返って座り、豪華な料理とお酒を前に上司と社長がにこやかに接待している。

遅れて入室した岩田君は事態が呑み込めず、自分をだまそうとした相手に掴みかからんばかりだが、そんな彼を上司は「座りなさい!」と一喝する。

上司と社長はせっせと担当者をもてなした末、「このたびはお取引いただき、誠にありがとうございます」と畳に頭をこすりつける。

「今後も末永くごひいきを賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます」などと言って、とにかく平身低頭を貫くのだ。

すると相手は、「いやぁ、まぁ、社長さんにそんなに頭を下げられちゃ困るよ。頭、上げてよ。ねぇ、いいから俺に任せなよ」なんてニヤニヤしながら、契約の履行と今後の取引を約束する。

接待の最初から最後まで、この担当者はものすごく傲慢な態度だ。

ひそかに計画していた「横流し」への罪悪感、自分の計画がバレているかもしれないという恐れなんか一切見せない。

岩田君の上司と社長もまた然り。

相手の策略や下劣さを知りながら一言も批判めいたことを口にせず、「腹の内」は微塵も出さないままだ。

双方の駆け引きは、まさに「おとなの世界」そのもの。

新人営業マンの岩田君にしたら到底理解できない、許容できない現実かもしれないが、つくづく深い内容だと思う。

ところで先月、私は新しい車を購入した。

いろんなメーカー、車種を検討したが、最終的に選んだのはスズキのソリオというコンパクトカーだ。
担当営業マンのYさんは、なかなか力のある人だった。

お客さんのニーズや生活状況を見抜く力とでも言ったらいいのか、要は「相手に合わせる」ことがうまい。

営業マンだったら当たり前、と言う人もいるだろうが、意外とこういうことができない営業マンもいるものだ。

妙に馴れ馴れしくタメ口をきいたり、変に仕切ったり、頼みもしないのにコトを進めようとする人だったら、私はまず近づきたくない。

だからといってテキパキしていない人も嫌だし、知識がない人も御免だし、よくよく考えたら私はめんどくさい客かも(笑)。

そんな私に辛抱強くつきあい、ときにはじょうずにリードしてくれたYさんのおかげで、新しい車との生活がはじまった。

これも若いころなら、「ステイタス」みたいな見栄で車選びをしていた私だが、この歳になると本当に自分に合ったものが選べる。

それなりに働き、日々得てきたお金を使い、「身の程」を知った上で買うことができる。

小さな車だが、毎日の運転がとても楽しい。

おとなになって、いろんな経験を積んだからこそ、この楽しさがより心に沁みてくるのだと思う。