活動報告

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2013.04.04
大川小学校・悲劇の真実

長年懇意にしているジャーナリスト・池上正樹さんが書かれた『あのとき大川小学校で何が起きたのか』(青志社/共著・写真・加藤順子さん)を読んだとき、その内容の重さに頭をガツンと殴られたくらいの衝撃を受けた。

大川小学校とは、宮城県石巻市立大川小学校。2年前の東日本大震災で、全校児童108人のうち74人が死亡・行方不明、そして教職員10人が死亡という「大惨事」の舞台となった小学校だ。

学校管理下(学校に児童の安全を守る責任がある状態)で起きた犠牲者数としては、世界的にも類を見ない未曽有の悲劇。

この犠牲はなぜ起きたのか、どうして子どもたちや先生は津波に巻き込まれてしまったのか、その「謎」に迫ったのが本書である。

今までのマスコミ報道では、「津波が来るとは思わなかった」とか「裏山に逃げようと思ったが、倒木が多くて逃げられなかった」といった情報が流されていた。

だが、この本では丹念な取材と地道な情報収集により、そうした情報が虚偽だった、ということがあきらかにされていく。

さらに、津波に巻き込まれながらも助かった児童の証言が、どういう理由か公的文書から「消されていた」り、証言メモが「廃棄される」といった信じられない現実も明かされる。

地震が起きてから津波に襲われるまで、「51分」という時間があった。

その時間には、大津波警報のサイレンが鳴り響き、「津波が来るから逃げろ」と市の広報車が連呼していた。

校門の前には、いつも児童を送迎しているスクールバスが待機し、「すぐに子どもを乗せて出発できる状況」にあった。

また、「倒木が多くて逃げられなかった」と報じられた裏山には、実は倒木などまったくなく、それどころか児童が普段からシイタケ栽培をしていた「逃げ道」があった。

「山さ、逃げよう」と口々に言う児童も何人もおり、実際に山に逃げかけて教師に連れ戻された子どももいた。

つまり、「逃げようと思えば逃げられた状態」であったにもかかわらず、未曽有の悲劇が起こったのだ。

いったいなぜ? 空白の51分に何があったのか?

少しでも関心のある方は、ぜひ本書を読んでいただきたいと思う。

そして、「空白の51分」の真実に迫ってほしいと思う。

私は個人的に今まで何度も池上さんと会ってきたが、正直、ここまで『執念』のある人とは思っていなかった。

もちろん、その取材スタンスや執筆される内容には、同じ仕事をする人間として共感を覚えていたが、今回、徹底して真実に迫ろうとするジャーナリスト魂に圧倒された。

一方で、これだけ重い事実の解明が、「一ジャーナリスト」の手によってでなければできなかった、という現実にも考えさせられることが多い。

学校管理下で起きた未曽有の悲劇に対し、本来なら当の学校、教育委員会、教育行政こそが「何が起きたのか」を真っ先にあきらかにすべきではないのか。

起きてしまった悲劇は取り戻せないとしても、それならなおのこと、今後、二度と同じ悲劇を繰り返さないために「自分たちに何ができるのか」を真摯に考えるべきではないのか。
(これは震災の悲劇に限った話ではなく、いじめ自殺や体罰問題も同様だ)

なによりも、亡くなった児童と教職員、合わせて84名の方の無念、遺族の悲しみと苦しみを思えば、「空白の51分に何が起きたのか」をみずから率先して解明しようという姿勢があっていいのではないか。

だが、少なくともこの本の中では、当日留守をしていて助かった大川小学校の校長も、教職員の中で唯一生存した教務主任も、教育委員会も、悲しいほど「何もしていない」。

逃げ回り、ごまかし、姿を隠したままだ。

一ジャーナリストの執念がなければ、悲劇の真実は永遠に隠されていたかもしれないことを思うと、「書く」という仕事の責任とともに、この社会の暗部を突きつけられた気がして言葉がない。

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